「立山で暮らしている私らしいものを」 越中瀬戸焼陶芸家 釋永陽さん

毎回、ここ立山に住む人をご紹介する「立山こころビレッジの人々」。今回ご紹介させていただきたいのは、越中瀬戸焼の若手陶芸家、釋永陽さんです。

越中瀬戸焼庄楽窯3代目、釈永陽さん
越中瀬戸焼庄楽窯3代目、釈永陽さん

以前にもご紹介させていただきましたが、「越中瀬戸焼」は文禄・慶長年間に、加賀藩主の前田利長尾張国瀬戸より陶工、彦右衛門と小二郎を招いて焼かせたのが始まりといわれています。藩の御用窯として栄え、越中国随一の陶器産地として名を馳せ、最盛期には20-30近くの窯場があったといいます。そしてこの地は、尾張の陶芸産地「瀬戸」にちなみ、産地一帯が瀬戸村と名付けられました。ただその後、藩の支援がなくなり、大正年間に遂に廃絶されることになりました。しかし昭和12年になって地元の有志らの手によって廃窯となっていた窯場を研究、昭和22年に陽さんの曾爺様にあたる、釋永庄次郎氏が庄楽窯を開窯し、再興に漕ぎ着けました。そして復興後2代目として、陽さんのお父様の釋永由紀夫さんが窯を引き継がれています。

 

実は釋永さんへのインタビューは一ヶ月以上前にさせていただいたのですが、その時、私自身あまりに陶芸のことを知らず、またもっと越中瀬戸焼の世界観を知りたいと思い、その後、釋永由紀夫さんと陽さんの工房に何度か足を運ばせていただきました。

 

由紀夫さんと陽さんは、この立山の新瀬戸で取れた土を使い、またその土を陶芸にできるようにする土作りも、自分たちでされています。年2回焚くというのぼり窯も、最近までは庄次郎氏が造られたものを使っていたそうですが、6年前に手作りで新しく造りかえられました。そののぼり窯のレンガも自分たちで焼いたそうです。

 

陶芸家のお父様を持つ陽さんは、昭和51年に生まれで、陶芸がごく自然にある環境で育ちました。10代の頃は、将来は何か手でものづくりをしたいとは思っていたそうですが、まさか自分が陶芸家になるとは思っていなかったといいます。自分探しの中でガラスの勉強もされた陽さんでしたが、20歳で土を触っている時、素材感がガラスより土の方が好きだということに気づき、直感的に陶芸にのめり込んでいきました。その中で自然と「陶芸で生きていきたい」と思い、迷いもなくなったといいます。その後、京都の陶工高等技術専門校で一年間陶芸を学ばれ、その後は故郷の立山に戻り創作活動をされています。

陽さん作成の花器
陽さん作成の花器

転機が訪れたのは25歳のとき、富山で初めて個展を出すことになった時でした。寝ても覚めても陶芸のことを考え、「すごく仕事をした」とおっしゃられるように、陶芸に打ち込んでいきました。その初めての個展が終わったとき、「嬉しさとホッとした感情が混じりあったような感情が忘れられない」とおっしゃられています。その時、陶芸家「永陽」が生まれたのではないか、そう話を聞いて感じました。その後は、年2回の東京での個展や金沢、そしてもちろん富山でと多くの個展をされています。

 

陽さんにとって、お父様の由紀夫さんはどのような存在かとお聞きすると、「基本的に厳しい。ほめられたことはない」とのこと。お二人は作りたいものの路線は似ているところはあるそうですが、個々には違う表現をしているそうです。陽さんの作品からは、土の素材の凛としたなかに、彼女の女性としての繊細さを感じることができます。彼女の陶芸に向き合う丁寧さ、真摯さを感じることができ、なおかつ日々の生活のなかに彩りを添えてくれるような素敵な作品です。

 

庄楽窯の工房にて
庄楽窯の工房にて

「この14年間陶芸に向き合って、日々の考えや思い、気がつくこともかわっていきます。陶器はその時考えていることの結晶だと思うのです」とおっしゃられる陽さん。陶芸は陽さんにとって自分の表現手段なのでしょう。そして今、表現したいものは、「ここの土を使い、大量生産ではない温もりがあるもの。見た人がスッと自然に取り入れてもらえるような、素直なものを作りたい」、とのことです。「シンプルなもの。表面的ではなくて、思想がシンプルになり、それが作品に表れてくればいいな」とおっしゃっています。

 

陽さんに目標をお聞きすると、「一つでも自分でもいいものできたなと思えるものを、日々がんばって作っていきたい」。そして、「将来もずっと、おばあちゃんになっても陶芸をしていたい」とのこと。「人間の手が生み出すものが好き」ということが、伝わってきます。

愛犬セプタとともに
愛犬セプタとともに

最後に、この立山の新瀬戸という田園が広がる彼女の故郷をどう思うかとお聞きすると、「陶芸家としては、土があるし、のぼり窯も焚くことができる最高の場所。また1人の住民としても、人に自慢できる場所。昔から変わらない風景があり、自然がしっかりある。そして当たり前に四季を感じることができる。工房から田んぼを見ていると、一年の変化を毎日感じることができます」とお答えになりました。ここ故郷、立山の風景と自然が、彼女の作品に大きく影響を与えている。彼女はまさしくこの立山の風景が生んだ陶芸家なのだと感じました。同世代の一人として、また同じ立山に住む友人として、これからも応援したいと自然に思わせてくれる女性です。

 

113日(水)から9日(火)まで、富山大和5階のコミュニティギャラリーで、「越中瀬戸焼 釋永陽 うつわ展」が開催されます。会期中は陽さんも会場にいらっしゃるそうなので、素敵な陶芸家に会いに訪れてはいかがですか?

 

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コメント: 2
  • #1

    平木柳太郎 (木曜日, 28 10月 2010 17:54)

    おぉ、陽さん♪
    実は妻がお世話になっております。
    作品を拝見したのは初めてでしたので、
    情報提供に感謝です!
    優しい大和撫子さんですよね。
    (と勝手に書くと怒られるかな。。(笑))

  • #2

    Benedict (月曜日, 23 7月 2012 19:21)

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