小学校廃校に思うこと

立山町では、私が着任する2週間前、芦峅(あしくら)小学校が休校になりました。この小学校は立山町の最南部、アルペンルートの上り口にある学校でした。今年319日に最後の卒業生5人を送り出し、生徒数が10名を割ったところで、児童数減少のため137年の歴史に幕を下ろしました。

 

今日、その芦峅小学校を訪れました。平成5年に改修された校舎は立派で堂々としています。外から覗くと、教室はあたかも今でも使われている様子で、先生と子供の声が聞こえてきそうです。ただ残念ながらこの小学校に再び子供達の姿が見られることは、いまの過疎化と子供の減少の状況を考えると、難しいかもしれません。

ここ立山町でも、今までに多くの小学校や中学校が廃校になり、その校舎が新たに活用されているところがあります。かつての学校の校舎は「地区活性化センター」や「郷土資料館」などになっています。ただそれはそれだけ子供の数が減り、小学校が統合され、いくつもの学校が姿を消したことを表しています。その地区の方々は、自分たちの学校が廃校になり、本当に無念であったことでしょう。学校はその土地に住む人の、育ってきた場であり、集いの場であり、また自分自身の分身のような存在ではなかったでしょうか。このような学校の廃校は、ここだけでなく日本全国の農村部そして最近では都市の中央部でも起こっています。

私が配属となった地区にも、新瀬戸小学校という全国に誇ることができる小学校があります。現在、全校生徒24名で、先生と地区の方々の精一杯の努力で、素直で活発な素晴らしい子供達が育っています。伝統芸能の「池田浄瑠璃」や古代米の栽培などユニークな活動を行うとおもに、全学年で英語教育を行うなどとても積極的な学校です。私の子供も、私の活動の3年目にはこちらにお世話になることでしょう。ただこの学校も、年々生徒数が少なくなってきます。「学校」という地域の希望をこれ以上無くしてはいけない、そう強く感じた一日でした。